2008年02月06日

次のスペイン旅行はどこへ?

スペインから帰って来てすぐはスペインにはもう行かないと思い、このブログも今回の15日間の旅に特化した。でも、一度行くと、行かなかった場所で良いところが、あっちにもひらめき、こっちにもひらめきあることが解る。そこで、いつになるか解らないけれど、バスクから北スペインに行こうと思う。

その前に、シチリア旅行の写真と日記をブログにアップしなくちゃ。この旅行は2006年3月で、同じコースを2回行ったので写真をflickerにあげただけだった。帰ってきたのが4月で庭仕事のシーズンが始まったからでもあるけれど。

改めて見てみると、海のきれいなシチリアは素敵なところだった。ブログを書いていると、もう一度旅をしているような気分になる。

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記憶の薄れた分、写真をたっぷり載せた。⇒MY ITALY DIARY

山の庭はまだ雪の下なので、雪が融けるまで時間がある。3月末からは100株以上のバラの誘導や剪定があるけれど、昨年秋に球根を1000個も植えたから、花に囲まれたたのしい作業になるだろう。

土日に作業をして、週日は家事と写真の整理や記録に追われる。それが初秋まで続く。でも、この作業のブログがあるから、翌年の仕事の計画がたてられるので、とても重要。
MY GARDENING DIARY

バラは寒冷地で生育が遅いけれど、今年はきっと蔓バラがもっと咲いてくれて、バラ図鑑が充実してくるだろう。
MY ROSES DIARY

そうそう、映画日記も今のうちにどんどん書いておかなくちゃ。冬に見たものは面白いと思っているうちに書けるが、春夏に見たものは書くのを忘れてしまう。映画日記は後で読み返すと楽しいので、ちゃんと作っておこう。
MY CINEMA DIARY

何でもきちんと終わらせておいて、清々しい気分で秋は旅行に行くのだからね! 今年はまたイタリアか、はたまたスペインか?
posted by machilin at 09:43| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

プラド美術館、旅の終わり

12月04日 朝プラド美術館に入り、団体と別れて1時半までじっくりと観た。何でスペインくんだりまで来たかというと、死ぬまでにプラド美術館は見たいと思っていたからである。お目当てはもちろん、ヴェラスケスである。ヴェラスケスだけはここに来ないと良いものが見られない画家なので。

私が自分に買った唯一のプレゼントはプラド美術館のカタログと、この[女官たち]のマウスパッド。夫には、これをパロディったピカソの作品のマウスパッドを買った。

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本物を見て良かったと思うのは、ゴヤの[裸のマヤ夫人]で、これは[着衣のマヤ夫人]とは全く別物のチープな枕絵だった。

他にも、フラ・アンジェリコの受胎告知とかルーベンスの3美神とか、良い絵もたくさんあって楽しかった。

午後は斜向かいのティッセン・ポルミネッサ美術館に行った。ここは個人コレクションなので期待していなかったのだが、特別展で[DUREMOとクラナハ]展をやっていた。DUREMOって誰だろうとおもったら、デューラーだった。幾つかの肖像画や、私が始めて魔法陣を知った[メランコリア]があって、スペインに来てデューラーが見られてのは運が良かったと思った。

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それにしても、プラド美術館ではエル・グレコの特別展をやっていて、さらにこの日からヴェラスケスの特別展も始まったところで、とても運が良かった。

お昼は近くの日本料理店でH夫妻と4人で食事をした。外国で日本料理を食べることはめづらしいのだけれど、天ぷらはおいしかったし、Hさんはやっと食べられるものがあって嬉しそうに召し上がっていらしたし、楽しい昼食だった。

ホテルに戻る前に、一度ぐらい高級ホテルでお茶しようと、向かいのウェスティン・パラセに入った。ドーム型のステンドグラスが明るいとってもアール・ヌーボーなラウンジでお茶とお菓子のアフタヌーン・ティー。

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私はできれば都市ではグランド・ホテルに泊まることにしている。グランド・ホテルには文化や美術が残っていて、これは観光では体験できないものだからだ。

最後の夜は近くバールで食べた。神戸震災被害にあった2人のお姉さまたちと、添乗員さん、おいしいワイン、おいしい何皿ものおつまみ、気の合う仲間、これが一番楽しい食事だ。

今、計画通り、帰国してから1ヶ月半で写真の整理と日記を書き終えた。ツアーの食事は最低だったと書いたけれど、日本に帰れば年末、正月、小正月、で食べ続けたから、そんなこと忘れてしまった。むしろダイエットになったかと思う。

写真を撮る時間や場所が少なかった気がすると書いたけれど、他の個人旅行の方のブログを見ると、生活や移動に労力や神経を使い、たいした内容の旅行記ではない。とすると、何も考えずに観光に集中でき、安全に写真を撮りまくれるツアーは、最高だなと思う。
posted by machilin at 12:04| Comment(0) | マドリッド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ソフィア王妃芸術センターのサルヴァトーレ・ダリ

12月03日 セゴヴィアからマドリッドに戻り、ソフィア王妃芸術センターに行った。ここは火曜日が閉館になっていて、月曜日に来れる唯一の美術館だ。

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病院を改装して美術館にしたもので、低い建物とだだっ広い広場の、寒々とした場所がオブジェやポスターでうやっと明るくなったという感じ。

ここには有名なピカソのゲルニカがあるが、この時代のピカソの絵には全く興味がないので、歴史的に重要という意味があるというので、ちらっと見たが、お目当てはサルヴァトーレ・ダリだった。

私が初めて見た(本で)ダリの絵がこれである。

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弟が私の後ろ姿に似ていると言って見せたのだ。当時、太り始めていたので、こんなに大きなお尻なのかと、すごくショックを受けた。

ダリの他の絵を見るとどれもばりばりのキュービズムでこの絵だけが雰囲気が違っていた。後姿にこれほど女の情感が感じられる絵は見たことがなかったので、私のお気に入りになった。

それからはダリは奇をてらう人だと思ったので、興味がなかった。が、ある絵を見て、深い宗教感のある人だと思った。それはワシントンの美術館にあるというこの[聖アンソニーの誘惑]。

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聖アンソニーはほんとうに砂漠で誘惑(幻想的な)に逢うのだが、砂漠を舞台に描かれた絵は実は少ないのであった。

それから、ダリはただ奇をてらう人ではないと、思い、他の絵も見た。そうしたら、私が全ての磔刑図、全ての最期の晩餐の中でいちばん好きだと思える絵に出会ったのだ。

グラスゴーにある磔刑図。

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下に見えるのは数々の奇跡を行ったガラテア湖だろう。ボートも見える。

ブルッセルにある最期の晩餐。やはり湖が見える。

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これらがあのルー・大柴に似たおかしな髭をつけたキュービズム男の作品だとは思えなかった。

ということで、私にサルヴァトーレ・ダリを教えてくれたあの女性の絵があるのがこのマドリッドの王妃芸術センターでした。
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2008年01月18日

セゴヴィアの麗しきロマネスク建築

12月03日 12世紀に造られたサン・ミリャン教会は初期ロマネスクの傑作といわれるらしい。驚くほど優美な建築である。バスターミナルから水道橋に向かう道端にある。

横の回廊が見えてくる。

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はじめは団体行動だったので、急いで写真を撮るだけ。ぐるっと廻るように歩くと、頭の部分の八角堂が見える。

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あまりにステキだったので、団体からはなれてお菓子屋さんでお茶する前にじっくりと眺めた。

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ううむ、あの搭は後から造ったものだわ。材質が違うし、なぜか近代建築のような黒い尖塔がくっついていて、十字架がアンテナに見えてしまう。

搭が見えないように全体を撮る。とても優美な教会だ。

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葉が落ちているから教会の壁がよく見える。冬にも利点はありますね。

遠くにカテドラルが見える。古い民家が残っている。

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ここはスペインで一番新しいゴシック建築(つまり18世紀に造り直されたということ)で、[カテドラルの貴婦人]と呼ばれるらしいが、このロマネスクのほうが貴婦人だと私は思う。大きなカテドラルは遠景くらいでちょうどいいわ。

なんと言っても、外の回廊が好い。

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改築されたのは搭だけというから奇跡の生存だ。見ることができて良かったと思う。

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世界遺産、セゴヴィアの水道橋と旧市街

12月03日

セゴヴィアの街は古くてよく保存された民家などが残っていて歩いているとタイムスリップした感じがした。

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特にこの緑色がかった小さな煉瓦が味がある。

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レストランも15世紀の木造りの家の部分を残している。すてきだ。もっともここで食べたのは、セゴヴィア名物の子豚の丸焼きで、大きな銀の盆の上で皿でがんがん割って最後はその皿は捨てる。

このパーフォーマンスを私は震えながら眺め、どうか耳とか脚とかが廻ってきませんようにと祈った。お腹が空いていたので、見た光景を思い出さないようにして、ただの肉だ、と自分に言い聞かせながら食べた。

セゴヴィアの水道橋はバスターミナルから伸びる大通りの突当たりにある。この大通りは観光というより生活の通りのようで、クリスマスの飾りも落ち着いている。

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水道橋が見えて来た。意外に小さいものだ。

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と思ったけれど、アソゲホ広場に出ると大きな大きなものだった。

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しかし、右を見ると、これがさらにずーーーーっと続いているのだった。凄い!

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坂の上で終わりではなくて、あそこから斜め左に曲がってまた続く。

橋をくぐると城外に出る。左に見えるのが城壁で、これが初めに見たあのアルカサルのところまでぐるっと巡っている。水道橋はこの場内に水を供給するものだったのね。

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ここで、みなさんは書いたアルカサルを見に行った。が、2キロも歩きたくない私たちはこのあたりでゆっくりすることにした。

水道橋の前にある古い建物は15世紀の家を改造した有名なレストラン、メゾン・デ・カンディド。でも有名だといっても、子豚の丸焼きで有名なレストラン。

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入り口の木の扉がステキ。(さっきからステキばかり。他に表現できないの!喝!)

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お土産物屋さんの雪だるまもかわいい。

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このあと、小さなお菓子屋さんに入って、焼き菓子やシュークリームを食べた。焼き菓子はほんとうにおいしかったけど、シュークリームは昔のシュークリームみたいだった。日本人て贅沢になってしまったのかもしれない。 

メンバーは気の合う4人だった。ゆったりとお茶する午後はツアーにはなかったから、ゆっくりと味わった。

[セゴヴィアの麗しきロマネスク建築]に続く。
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2008年01月17日

世界遺産、セゴヴィアのアルカサル

12月03日 中世の街アヴィラからすぐ近くにあるセゴヴィアも中世の街で、旧市街がやはり世界遺産になっているのだけれど、目玉商品はローマ時代の水道橋と16世紀のスペイン黄金時代に建てられたお城(アルカサル)という不思議な取り合わせ。

まずは、北西の角にあるアルカサルを撮る絶景ポイントへ。この旅行社にしては絶景ポイントに行くのはめずらしいが、国道沿いにパーキングがある芝生が用意されているのでここには楽々と来れる。

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わ、お城だ、お城だ、と喜ぶ。ここはディズニーが白雪姫のお城のモデルにしたらしいが、とても優美な形をしている。全体が船のへさきのような形をしているのは、ローマ時代の要塞を基盤にしているからだ。

しかし、冬でも青々とした芝生に目が行く。うちの山荘のあるところは寒冷地なので西洋芝を植えているが、どうしてこういう風に青々としないのだろうか・・。

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木々の紅葉も美しい。すると、同行のSちゃんが、「あの黄色い木も入れるといいわよ」とおっしゃる。もう撮ったって。

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Sちゃんは以前は一眼レフでプロっぽく撮っていたのに、彼氏がいなくなってからカメラに対する興味を失ってしまった。「一緒に見てくれないと嫌なの」と甘えたことをいう。

私なんか、写真を撮ってきても誰にも見せない。夫だって、会社で暇なときに、私のブログやflickerの写真を見るけれど、特にコメントする人はひとりもいないのだ。それでも私は自分のために撮る。

Sちゃんは、今回も、自分の目で(幸い、心の目とは言わない)見ればいいと言っていた。私の写真をもらえばすむと。でも、やはり、だんだんに自分で撮りたくなるものだ。そのうち、デジカメを買うだろう。

私も「そうよね、私が撮っておくわ」と言ったが、結局、彼女が写っている数枚をあげただけ。他人にとっては、私の写真もパンフレットの写真も同じ。それだけ写真ってパーソナルな価値のものだと思う。

そうそう、アルカサルだったわね。

ここは19世紀後半に火事で大部分が消失し、そのあと再建されたものだ。ということで、セゴヴィアの観光の最期にみなさんは見学に行ったけれど、私は行かずに、水道橋のあたりにいた。

城の内部に興味がないだけでなく、水道橋からは往復2キロも歩くのよ! 旅も終わりになり、石畳を歩きすぎて、足腰が疲れてきたから、用心して。

世界遺産、セゴヴィアの水道橋と旧市街へ続く。


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2008年01月15日

世界遺産、アヴィラの旧市街A

12月03日 アヴィラは旧市街全体が世界遺産に指定されているが、ほんとうに古めかしい。というか古びている。住むjのは大変かもしれないけれど、味がある。

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青一色のクリスマス垂れ幕。

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面白いドアノックを見つけた。

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いつもなら面白いと思うのだけれど、遺聖物で指や腕をいっぱい見せられた後なので、そうゆうものを思い出してぞっとした。

やはり、食品は見ていて楽しい。

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ヨーロッパはどんな田舎でも食料品やや八百屋のディスプレーが整頓されていて美しい。日本の店はだらしない。全く神経が無い。それでいて日本の美だとか、なんか特有の美意識があるつもりでいるからおかしい。

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LOMOSと書いてあるソーセージはとてもおいしかったが、生ハムは火を通していないということでは生なんだけれど、乾燥して保存食にしたもので、いわゆる生ハムとは似て非なるもの。

丸いチーズは脂ぎっていて、おいしいものではなかった。質素な保存食という感じ。

ここはサンタ・テレサ修道院の前の小さな広場。木が素敵だとこちらばかり写していて修道院の建物は写さなかった。惜しいことにあの法悦の聖女テレサとは結びつかなかったのだ。前の日記、[アヴィラの聖女テレサ]を見てね。

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広場は外壁の横にあり、小さな丸い門が外の世界に通じていた。

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あの門をくぐってちょっと外から見てみたかったアヴィラだった。
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世界遺産、中世の要塞都市アヴィラ@

12月03日 昨晩やっとマドリッドに着いたのに、また朝早く出発である。月曜日はプラド美術館が閉まっているので、近郊のアヴィラとセゴヴィァに行く。どちらの街も世界遺産の街。近郊といってもマドリッドの北に伸びるグレドス山脈を越えるのだが、眠っていてもプルマンが連れていってくれるのでツアーは楽である。

アヴィラは11世紀のイスラムvsキリスト教時代に造られた塁壁で囲まれていてその中に中世が残っている街だ。

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見上げると空しか見えないほど大きな塁壁である。実際はこれが街をぐるっと囲んでいる。それは対岸に行かないと見られない。しかし、バスはそういうヴュー・ポイントに寄らないのだ。

今回のツアーで解ったのは、ユーラシア旅行というのはガイドさんのお話を熱心に聞いてガイドさんの示したものを見ることを良しとしていて、好きな写真を撮る人たちをバカにしているということ。カメラを通してではなく心の目で見ろということ? でも、心のどこに目があるの?

日本人はすぐカメラで撮るとかいうけれど、日本には良いカメラがあってみんなが使う技術があったのだから、当然だ。今では、どの国の人でも、子供でさえ、デジカメで撮りまくりだ。

高いお金を払ってスペインくんだりまで行ったけれど、あれから一ヶ月半、毎日デジカメ写真で思い出して楽しんでいる。まだまだ楽しめる。そうでなくちゃ、体力金力使い果たしてまで行かないって。

さて、残念なことに外側からアヴィラの塁壁の全体を見ることはできなかたけれど、街の中にはほんとうに中世が残っていた。

ロマネスクの建物。

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ロマネスクの建物は好きだけれど、「わ、ロマネスクの建物が残っている!」と感激はするが、こればかりだと寂しい。

カテドラルはロマネスク〜初期ゴシックである。

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建物はこの正面から奥に長く伸びている。ここからでは見えなかったが、中央に砦を守る見張りの搭がある。

イタリアのパルマにロマネスク=ゴシックの傑作、アンテラーミの礼拝堂があるがあれと同じロマネスクらしい入り口。拡大してみると中央に鳩の彫刻が残っている。(片方の羽根は壊れているが)

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上部のにぎやかな彫刻は、バラ窓を隠しているから後から付けられたということか。とすると後期ゴシック? もっと後?

扉の左右の彫刻は古いプロポーションなので、たぶんロマネスクだが、壁にある浅浮き彫りはロマネスクではないと思う。

門があって小さなライオンが載っているが、イタリアではライオンが小屋根を支える柱の下にいるのを良く見た。

入り口に座る物乞いがアヴィラが村ではなく都市であることを示している。

カテドラルの脇に、レストランのサインがあった。

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左右反転させてみるとTASCAと書いてある。イタリア語ではポケットという意味だけれど、同じかしら?

テーブルの下に小犬がいる。小犬は聖書でもテーブルの下にいて何かもらえるのを待っているものだ。それなのに、うちのメイちゃんはめちゃしつけられていて、ドッグフードを決まった時間にもらうだけだ。どうしてるかなあ。帰ったらいっぱい甘やかそう。旅も終わりになるとやたらと我が家の家族を思い出すのだった。
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2008年01月13日

アヴィラの聖女テレサ

12月03日 私は聖女伝説が苦手だ。殉職して自分を殺した凶器と共に描かれている聖女たちはキリスト教の布教には役立ったかもしれないが、何の意味も感じない。

だから、アヴィラに来て、ガイドさんの後を付いて[サンタ・テレサ・修道院]に行って、テレサはこの街の守り神だと聞いたときも、あ、良くある話ね、と思っただけだった。

その帰り道、城壁の外に真っ白な新しいサンタ・テレサ像があるのを見た。ちょっと体をねじって上を見た像である。

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そのとき、ふと、思った。もしかして、あの聖女テレサだろうか。いや、そんなはずはない。私の聖女テレサはローマにいるのだから。

でもあの上を向いた表情が気になり、調べてみた。そうしたら、私の聖女テレサはアヴィラで生まれていて、あの修道院はテレサの生家跡に造られたものだったのだ。

私の聖女テレサとは、ベルニーニがローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会の礼拝堂に造った彫刻で、ベルニーニに夢中だったある夏、この聖女テレサとサン・フランチェスコ・ア・リーパ教会の福者ルドヴィカに会いに行ったのだった。

聖女テレサは生前は聖女ではなく、あとからローマ法王によって聖女とされた人で、2年の間、幻視を見る。そのひとつが、ベルニーニが描いた天使に心臓を繰り返し刺されるシーン。

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日本語の題は[聖女テレサの法悦]となっているが、原語には法はついていない。そのままエクスタシーである。マゾヒスティックと片付けてしまえばそれまでだが、テレサはこれを神から与えられたエクスタシーとして受けたのだ。

天使のいたずらっぽい顔が不謹慎であるという説もあったが、天使は殺す目的ではないことを愛らしい顔で示しているのだと思う。

ベルニーニは自分の作品の中でこの[聖女テレサの法悦]を最高作品だとしている。彼はなぜこの彫刻を礼拝堂に造ったのか。それは、テレサ自身が書いた自叙伝を読んで感銘を受けたからだ。

私はキリスト教文学の中でも最高峰で難解といわれるテレサの自叙伝を読もうとは思わないけれど、大好きなベルニーニがここまで感銘を受けたのなら、それも最高の文学であると思う。

修道院には興味はなく、写真も撮らなかった。中には遺物の腕とかもあるとかいうのだが、腕や指はぞっとするから見ないし・・。テレサを記念するものとしたら、家の前に、彼女が生まれたときも存在した城壁だろうか。

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テレサが必ず見たはずのアヴィラの城壁を見て、街を歩いてきたわけで、日本に帰ってからではあったが、あの聖女テレサだと気が付いて良かった。
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2008年01月12日

日曜日のチンチョン

12月02日 マドリッドに着く前に、郊外の村チンチョンに来た。マドリッド市民が週末に遊びに来るチンチョンは人工4000人くらいの村なのに、とてもきれいなところだった。

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白壁、木造のバルコニー、緑色のポルティコ、椅子も木製に統一されている。注目はおそうじのおじさん。

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バルセロナは市が街を掃除するので朝はどこでも多くのスタッフをみかけたが、他の街では見なかった。きっとマドリッドもそのように清掃されているのかもしれない。

この広場はあり地獄とまでは行かないけれど、中心に向かって坂になっている。何かに使えそうだなあ、と思ったら、本当に闘牛が行われるのだという。

12月の日曜日はのどかにロバがぐるぐる廻っていた。お客さんは乗っていない。

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ロバはおそろいの毛布をかけてもらっている。と思った、あれはたぶん乗ったお客のものだろう。お客がいなくても餌をもらえるなら、ロバは疲れなくて暖かくて嬉しいことだ。

そこへ、勇敢な女の子が現れた。

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広場中の注目を集めて得意満面。

チンチョンにはパラドールがあるというので、そこにお茶に行った。Sちゃんはアニス酒にした。チンチョンはアニスとにんにくの名産地なんだそうだ。

村のパラドールとバカにしたけれど、何の何の、一番美しいおしゃれなティー・サロンだった。やはり、マドリッドから近いから客が多いのだろう。

マドリッドに着いたのは夕刻。街の三ツ星の規模の小さなホテルだったが、ちっとも期待していなかったのに、都会の三ツ星は違う。お風呂がきれいで暖かかった。食事は大きなサーモンのグリルで、久しぶりに味覚が満足した。
posted by machilin at 09:39| Comment(0) | カスティーリャ・ラ・マンチャ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする